3分間小説『旅行者』 第3話

おそらく、店内のほかの客だって、倒れている男を横目に入店したはずなのに。楽しそうに飲んで、食べて、おしゃべりをしている。僕は少し興ざめしたよ。それから二時間は店にいたかな。
会計を済ませ、コートを着る。ウェイターが「おやすみ」と言ってドアを開けてくれた。俺は、そこでさらに驚く光景を目にしたよ。ドアの外に、まだ男は倒れていたんだ。二時間ものあいだ、今にも死にそうな人間を、誰も助けようとしなかったんだ。信じられなかったよ。ウェイターも見て見ぬふりで、無言でドアを閉めた。この国は、本当に非情な国だな…。
彼は、そう言うと、手元のグラスを見つめていた。気を取り直したかのように、残りのバーボンを飲みほすと、会計を置いて出て行こうとした。私は、客に対して失礼だが、それを言ってやらないと気が済まなかった。
「お客さん…」
「ん?」
彼は振り返った。
「この国には、たしかに冷たいところがあるかもしれない。表面上は優しさにあふれているが、偽善的な一面もあるでしょう。しかし、そのホームレスを助けなかったあなただって、冷たいでしょう?そんなあなたに、この国のことをとやかく言う資格があるんですか?」