3分間小説『旅行者』 第1話

nishidamiyako0120nishidamiyako01202022年3月31日

その夜、私が経営するバーに、ひとりの旅行者がやってきた。彼が旅行者であることは、彼が持っている、小さいけれど年季の入ったスーツケースを見て、一目でわかった。彼は、なまりのある英語を話すラテン系の中年男性で、珍しいデザインの大きな腕時計をしていた。

 

彼はカウンターに座り、バーボンを注文した。店内に彼以外の客はいない。私が英語を話せることが分かると、彼は私を相手に、旅の思い出を語り始めた。中央アジアや南米、アフリカなど、あまり聞いたこともない国や地域で見たものや食べたもの、人々の暮らしの様子など、興味深い話をしてくれた。彼は時間を忘れて話し続けた。私も夢中になって聞き入った。気が付くと、もう外は薄明るくなり始めていたので、私は店を閉める準備を始めた。すると、最後に彼はこんな言葉を呟いた。

「俺は、世界中の国を旅してきたけれど、この国の人ほど冷たい人間はいないね」

 

この国の人ほど冷たい人間はいないね……。

俺が今まで旅してきたなかでも、こんな非情な国はないと思ったんだ。まったく、この国はひどい国だよ。昨晩、俺は繁華街を歩いて、あるレストランに入ろうと思った。

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