皮質(4)

矢野悟は次の瞬間、前に止まる車に追突した。
中から人が降りて来て、ようやくはっと我に返る。
朝からずっと考え事をしていた。
「ちょっと!降りてきなさいよ。もぉこっちは急いでるのに」
中年の夫婦に幸い怪我はなかったものの
警察を呼ばれ、何度もすみませんと頭を下げ、平謝りをしている時も
頭の片隅では3歳になったばかりの娘の結衣のことを考えてしまう。
妻が置き手紙をして出て行ってから、
2ヶ月経つがまさかこんなに結衣に手がかかるとは思いもよらず
なぜもっと真剣に話しを訊いてやらなかったのか
自分を殴りたい気持ちになった。
「ご飯を食べさせるのに2時間もかかるの」
「保育園に迎えに行ってから車に乗せるまで30分かかるの」
「看護婦さんに怒られちゃった」
「腹が立って抓りたくなるときがある」と涙ながらに訴えていた時も
「大変だったな」「結佳はがんばってるよ」などと労いの言葉を
かけて、仕事も大変なのに理解ある良い夫だな、勝手に思い込んでいた。
それが今はどうだ?
結衣から逃げ出したくなっているのではないか。
もう限界だ。
結佳、戻ってきてくれ。
と思ったとき、水色の数えきれない粒が俺の前にすうと現れた。




