ささきささき2022年3月8日

よくありきたりな表現ではあるけれど。


窓の外を見ると、桜がヒラヒラ舞い落ちる。

陽がポカポカと陽気な風を運んで、最近では小鳥達の囀りなんかで目を覚ますことも増えた。

道を歩く人達の顔には来春の喜びと笑顔がこぼれ、感染するように幸せが溢れている。



自分のしわくちゃな手のひらを見つめる。


自分が若かった頃って言うのを思い出す。



今となっては昔話のような、でも本当にあった過去の記憶。

戦時中の緊張感と恐怖や不安。

戦後に突きつけられた、衣食住も満足にない世界で、飢えや寒さに必死で抗い、生きようとした日々。


亡くした妹と守れなかった子の命。


そんな記憶がまるで夢物語だったかのような、明るく幸せに溢れた今の世界。



瞼を閉じると思い出さずにはいられない。

決して幸せだったとは言えない記憶。

それはけっして遠い昔のことでも、遠い未来の話でもないのだと、

今を生きる者たちに伝わっているのだろうか。


世界が幸せに染まることで、この記憶が薄れていくことは自然の摂理なのだろう。

ならば、老いた私が出来ることは


「おばーちゃーん!遊びに来たよーっ」


この幸せの尊さを次世代に語り継いでいくことだけなのだろう。


この争いの絶えない、幸せな世界で。


ささき
ささき