自伝」の検索結果 (21件)

3,高校時代

一年生

入学初日、入学した情報科の教室はシーンと静まり返っていました。初日はほぼ全員が自分の机で一人でお弁当を食べていましたし、空気はお通夜でした。Sと、もう一人同じ中学校からその工業の情報科に入学した女の子と3人で「やばいね」と言い合っていたのを覚えています。



ちなみに、その後とある授業で行った自己紹介である男子生徒がトップバッターとして自己紹介を始め、名乗った後に「好きな食べ物は塩ラーメンです!!」と元気に言い放ったことでお通夜ムードは霧散しました。彼はそれ以降ラーメンというあだ名で親しみ称えられています。ありがとうラーメン。ちなみに彼は今でも交流がある友人の一人です。ありがとう...

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と、いうことで、『たった20年、私の人生の話』でした。長文かつ乱文で、読みにくかったかと思います。



それでもここまで読んでくださった方々に、まずは感謝を。ありがとうございました。



そして、次に謝罪を。最終的な結論がこんな有様で、きっと、これを読んだあなたは気分が良くなりはしなかったでしょう。むしろ悪くなったかもしれません。申し訳ありませんでした。



もし良ければ、これからの私の人生についてアドバイスなどくれるとありがたいです。



以上、琴事。でした。

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5,そして、現在



休職し、実家に帰った私は、しばらくの間たくさん眠って猫を眺めてスマホやPCをいじる、そんな生活をしていました。



また、色々あって隣県の睡眠外来のある病院に行き、色々と検査を受けたりもしました。その結果、特発性過眠症だと診断されました。



そして、私の思った通り、一度休職してしまえばとことん水の合わないあの場所に戻る気は全く起きませんでした。



そうして私は、休職後退職しました。



それからも色々ありましたが、とりあえず今は冒頭にも書いた通り大学を目指して勉強中です。塾にも少し前から通っています。



でも、やっぱり今でも死にたい気持ちは消えてくれないし、生まれてこなければ良かったとずっと思っていま...

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面談の中で、私担当の人事部の方に以下のようなことを言われたことがありました。

琴事さんは、男性に頼らず自立していきたいんだもんね。

私のことを分かったように話されることがすごく嫌で、私はそんな大層なものじゃない、ただトラウマ(元カレ)を克服できていないだけだと強く思いました。



私の勤務態度の悪さは、つまり業務中寝てしまうことに関しては精神科に通っても変わりませんでした。面談の中で、何度も休職を勧められました。でも、私は、一回この環境から逃げたら二度と戻ってこれないと思っていたので、休職は拒否して「働きたいです」と何度も言いました。ただただ、母の負担になりたくありませんでした。



でも、通院し、面談を続け...

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また、その頃からでしょうか。きっかけは覚えていませんが、会社の人事部の方々と面談をするようになりました。月に一回、病院に行った次の月曜日に行われるそれは、ただただしんどくて、それがあると思うと病院に行くことも憂鬱になるほどでした。



また、先述の通り、私はお昼を会社の食堂で食べずに寮に帰って食べるかお昼を抜くかしていたのですが、それについても人事部から指摘されました。なんでも、人の目のあるところで食べてほしいそうで、お昼に寮に帰るのはダメだと言われました。食べていないとそれもダメだと言われるので、苦し紛れに、「休憩室でカロリーメイトとかを食べています」と嘘をついたりもしました。



今思うとおかしいと思...

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その頃、私はよく自分のことを「欠陥品」「粗悪品」と罵っていました。「死にたい」と口にする頻度が上がりました。



8月頭のことでした。壮行会だか何かの大規模な飲み会の後だったと思います。

本格的に死のうと思いました。本屋でエンディングノートを買って、友人たちや母へメッセージを書いたり、スマホやPC、私の持つ本たちの処理の仕方なんかをごくごく真面目に書いたりもしました。

身辺整理もしました。要らないものや見られたくないものは捨てて、部屋をきれいに片づけて、寮のベランダ(3階)から飛び降りようとしました。

飛び降りようとして下を覗き込むと、1.5m程下に床がありました。その寮、少し特殊な構造をしていたんですね...

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ある時、その部署に入った新入社員と若手社員の懇親会が開かれました。

私はそこで、誰の話にも混じれずひたすらウーロン茶を飲んでいました。ちなみにそのあとお腹を壊しました。

先輩社員の方が気を使って話を振ってくれたら良かったのですが、それもありませんでした。

また、盛り上がる話は会社の誰誰がこうこうでと言った、言ってしまえば陰口や悪口の話題ばかりで、私はそれがとても苦しかったのを覚えています。

また、私の入った会社は飲み会の多い会社で、よく社員を大勢集めて壮行会やら歓迎会やら開いておりました。それも、私にとってはただただ苦痛だったことを覚えています。



そんな感じで中々馴染めず、しかも業務中眠ってしまうことか...

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②配属後

配属後、任されたのは簡単な資料作りでした。本当に簡単でした。ぶっちゃけ中学生でもできると思うようなそれらは退屈でした。

そして、何が起きたかというと、やはりここでも眠ってしまいました。

配属されたばかりの頃はまだ比較的ましでしたが、だんだんと眠ってしまうようになっていくのです。



また、同期と馴染めなった弊害はここでも出てきました。

Kが、同じ部署に居たのです。それはまあ、実際関わることはほとんどなかったんですけど。



また、会社には食堂的なものがあり、外に食べていく人以外は基本そこで食べていたのですが、そこに行くことも、そこで一人でお弁当を食べることも苦痛で私はだんだんそこから遠のいていきました。...

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精神科では、睡眠薬を貰いました。手に入れたときは少しの感動さえありました。おお、これが例の。



しかし、薬を飲んでも昼間の眠気は治りませんでした。夜は眠れるんですけど、それでもやっぱり昼間も眠いのです。

本当は、このあと続けて通院すべきだったのですが、予約を取るための時間が中々取れず、その時は結局それ一回きりの通院となりました。



そんな感じでとても良かったとは言えない研修でしたが、研修は当然終わります。



私は、私なりに考えて配属先の希望を出しました。そして、その希望は通りました。



そうして、研修が終わり本格的な仕事が始まります。

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タイミングわっる。これめちゃくちゃ怒られるんじゃないの。そう思いながら恐る恐る会社に行くと、案外そうでもありませんでした。同期たちに合流するより前に、人事部の方々と面談し、どうしてこうなってしまったのか、と言った話をしただけです。まあ、それだって当時の私には精神的にだいぶ来たんですけど。



その後、始末書を書くよう言われて、そして私はそこで血迷います。確か、こんなことを書きました。

「高校の時から眠ってしまうことがよくあったため、今週末近くの精神科に行ってお薬を貰ってきます」



始末書提出後、また人事部に呼び出されました。始末書の内容について確認されました。でもすぐに解放されました。



そうして、私は人生で...

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私は、だんだんと精神を病んでいきました。



会社に行きたくない、と強く思うようになりました。



ほぼ毎晩、高校時代や中学時代の数少ない友人たちと通話をつないで、愚痴を聞いてもらう日々。

そこに泣きが入ることも、少なくありませんでした。



そんなある日、確か連休の最終日だったと思います。連休明けということもあり、行きたくない気持ちはさらに強まっていました。



夜、ベッドの中で、通話を繋いだスマホを握って、泣きながら「明日、会社行きたくないなあ……」と言いながら眠りにつきました。



次の日、起きたら出社時間ちょうどでした。つまり遅刻です。



終わったな、そう思いました。



それでなくても講義中眠ってしまうようなダメな新入社員で...

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研修中、Kがこう言ったことがありました。

「○○、高校の時嫌われてたんだよねー」

○○と表記したのは、そこに彼女の愛称が入るからです。彼女は一人称が自分の愛称になることが度々ありました。例えば、花子ちゃんが自分をはな、と呼ぶような感じですね。

当たり前だろ、と内心で思いました。だって自分勝手で、人のことを使い勝手が良いか悪いかぐらいにしか見てない。そのくせどうでもいいところでどうでもいい主張をしてくる。正直言って邪魔くさいし、嫌われて当然だ、と思いながら、私は「そうなんだー」ぐらいに返したと思います。



そんな感じで、主にKに対して不満を募らせて居ましたが、当時の私はそんな自分に対し自己嫌悪感を抱いてい...

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また、本格的な研修が始まってからすぐ、問題点が浮かび上がってきました。



講義中に、眠ってしまうのです。



コーヒーを飲んでも、夜早く寝ても、それでも眠ってしまうのです。

自分は、それがおかしいことなんだと分かっていませんでした。他にも、講義中にうとうとしている子は何人か居たので、やっぱり一定数は居るんだなあぐらいにしか思ってなかったのです。ただ、勘違いされないように言っておくと、寝ようと思って眠っていたわけではないし、眠ってしまった後はいつも「ああやってしまった」と後悔していました。



それでも、この頃はまだ遅刻はせず毎日きちんと通っていました。

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また、就職した会社は比較的栄えた場所にあったこともあり、一週間だけ在宅研修になったこともありました。



また、人事部の方々から「ゲームセンターとかカラオケとか行かないでね、あと寮だからってお互いの部屋行き来するのもやめてね」というお触れも出ました。



私は、それを忠実に守っていました。買い物も週1回にして外出を減らしました。



でも、そうだったのはどうやら私だけだったようです。



どうやら、私が大人しく寮の部屋に引きこもっている間、同期の皆はお互いの部屋を行き来したり、近くの飲食店で一緒にご飯を食べたりして親睦を深めていたらしいのです。ちなみに、私に一度も声はかかりませんでした。

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しかし、その直後、新入社員だけで行う朝礼で、人事部の方に「それで、チームリーダーの代理は決まりましたか?」と問われてしまうのです。

ほれ見ろやっぱりそうじゃん~~~と私は思いました。当然口には出していません。ざわつく部屋の中、不安そうに顔を見合わせているチームメンバーたち。朝礼の後のスケジュールは決まっていて、朝礼に使える時間は多くはありません。早く決めないといけない。

「私がやります」

私は、そう言って手を上げました。

今思えば、これも同期たちからの顰蹙を買う行動だったのかもしれません。でも、この状況こうするしかなかったと思うんですよねえ。

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「これは、代理自分だろうなあ……」そう思ってチームメンバーが集まってから「チームリーダー代理誰にする?」と問いました。

「え、決めなくていいんじゃない(笑)」

Kの発言でした。他のチームメンバーも頷いています。

「なんていうかさ、必要になったら誰かがやる、みたいな感じでいいんじゃないの?」

それじゃ良くないから代理決めろって言われてんだろうが。口から出かけたその言葉を飲み込んで、「そっかー」と私は返しました。

既に同期内でスクールカーストのようなそれが出来上がっていたのです。カーストで言えば底辺の私と、上位にいるK。逆らうつもりはありませんでした。

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そうして研修を進めていく中、とあるウイルスが世間を騒がせていました。

今でも現役のコロナウイルスくんです。



ある日、会社についてからスマホを確認するとチームのグループLINEにメッセージが届いていました。チームリーダーからでした。曰く、風邪を引いたとのこと。ただ、このご時世で風邪なのかコロナウイルスなのか判別がつかない。だから、いつまでになるかわからないけど暫く自宅で療養することにした。人事部にはもう伝えてあるから安心してほしい。迷惑をかけてしまって申し訳ないけれど、チームリーダー代理を決めておいて欲しい。



この時、既に私はずいぶん気分が凹んでいました。というのも、私のチームには他に大卒の新入社員は...

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じゃあ私も、自分に気が合いそうな感じの子たち、言ってしまえオタク気質の子たちと絡むようにしよう!そう決めた私は、さっそく壁にぶち当たります。

席順です。コの字型の机配置だったのですが、私はその端っこで、オタク気質の子たちが集まっているのはコの字の縦棒のあたりでした。そんなの乗り越えて行けよと思うかもしれませんが、間にKが居たのです。Kの周りには人が集まります。つまり人の壁があって、物理的に向こうに行けないのです。

それを超えてまで向こうに行く元気は、私にはありませんでした。それに、そう決めた時にはもうある程度コミュニティが出来上がっていたので、実際席順の問題が無かったとしても私はうまく馴染めなかっ...

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そう、同期に馴染めなかったのです。同期の子たちは、ネットスラングを使って説明すると正に陽キャみたいな子が半数でした。高卒の子は特に。大卒の方々は割と落ち着いていたし距離感もそこまで近くなかったんですけどね。



そして、その同期の中の陽キャ筆頭の子が、私と同じチームでした。彼女を便宜的にKとします。



寮でも隣の部屋のKは、最初は私に友好的でした。ちなみにKは、入社試験の面接の際にも一緒だった女の子でした。



ところが、ある時から私に対して冷たくなりました。どうしてだろう、と周りを観察して気づきました。



あの子、私よりも自分に合いそうな子を見つけたのか。



説明すると、同期の高卒の女の子の中で、垢ぬけた子が2人い...

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①研修時代



会社に入ってすぐ業務ではなく、最初は研修から始まりました。

研修は、20人ほどの大卒高卒合わせた新入社員を複数のチームに分けての形式でした。なんでも、研修中からチームという環境に慣れるため、らしいです。

また、チームにはそれぞれ一人チームリーダーが設定されました。これは、大卒の新入社員から選ばれました。チームリーダーが居る理由は、チームリーダーに報連相する習慣をつけ、チームリーダーはそうして報連相されることに慣れるため、みたいな理由からだったと思います。

そんな形式で始まった研修ですが、私はそこでもうまく馴染めずにいました。中学校時代の記憶が頭を過ぎります。またあんなふうになるのでは、と思...

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4,高校卒業から今に至るまで



高校を卒業した後、私は隣県にある会社の近くの寮に引っ越し、そうして正式に就職しました。

ここでも、今までの私の人生で治しておくべきだったものを放置した結果が出ました。

結論から言ってしまいますと、半年ほどで休職し、その後退職しました。

その過程を、今から書いていこうと思います。

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