年の割に大人びた様子で淡々と告げた生意気な小娘は、笑顔で崖下へ飛び降りていった。
そいつのことをきちんと認知したのは、俺が十の時だった。当時はまだガキだったから、大人達の話に混じれなくて悔しかったのを覚えている。その悔しさからか、俺はよく夜に大人達が酒を飲みながら話す声を盗み聞きすることが多かった。娯楽の少ないこの村の中で、それは俺の数少ない楽しみの一つでもあった。今思い返しても捻くれたガキだと...
年の割に大人びた様子で淡々と告げた生意気な小娘は、笑顔で崖下へ飛び降りていった。
そいつのことをきちんと認知したのは、俺が十の時だった。当時はまだガキだったから、大人達の話に混じれなくて悔しかったのを覚えている。その悔しさからか、俺はよく夜に大人達が酒を飲みながら話す声を盗み聞きすることが多かった。娯楽の少ないこの村の中で、それは俺の数少ない楽しみの一つでもあった。今思い返しても捻くれたガキだと...
その家は、余所者の家、とよく言われている家だった。なんでも、一組の男女が、俺が生まれてくる少し前にこの村にやって来たらしい。男の方は体格が良く力仕事が得意で、けれど力加減がへたくそ。そして女の方はどうにも体が強いほうではないらしく、けれど美人で手先が器用。そんな対照的な二人だった。今思えば、当時は村に人が少なかったから、少しでも労働力が欲しくて迎え入れたんだろう、と想像がつく。
そうして、その男...
大人達が話していたのは、その家の今後の扱いについてだった。女は体が弱い、自分で食い扶持を稼ぐこともできないんだから、さっさと追い出してしまったらどうだ、とか。娘の方はどうする、とか。それを聞いた俺は、あああいつら追い出されるのか、なんて他人事みたいに思っていたっけ。
けれど、その後話の流れが変わったのが分かった。
だが、あの器量の良い女を手放すのは惜しくないか、と一人が言った。
旦那が死んだんだ...
今年は去年よりも米も野菜も取れない、どうしたもんか、なんて、やっと大人になった同世代の連中と話していたら、そのうちの一人が言った。水神様がお怒りなんだ、と。俺は、それに内心うんざりしながら相槌を打った。
俺は、神だなんて、馬鹿らしいと思っていた。何かきっかけがあったわけでもないけれど、でも物心ついた頃にはそう思っていたから、つまるところ俺は根っからの捻くれ者なんだろう。けれど、それについて口にす...
こいつは、自分が生贄にされるって、もう気付いているんだとその時分かった。たかが十のガキなのに。
「それに、私は余所者だから。ここで信じてる神様なんて、どうでもいいの」
なんでもないように続けたそいつは、俺の目を見て言った。
「お兄さんも、私と同じ、冷めた目をしてるから分かった」
「……何言ってんだか、この小娘が」
俺は、なんでもないようにそう言って突き放したつもりだった。けれどそれ以降、小娘は何かと理由...
数日前のことだ。いつものように俺のところに来て、器用に繕い物をしながら小娘は言った。
「ねえ、私、今度殺されるの」
殺される、の意味が分からなくて、俺は少し考えた。それで、初めて小娘と話した時のことを思い出して、勢いよく小娘の方を見た。
小娘は、いつも通りの、何も楽しくない、と言わんばかりの表情で続けた。
「多分、もうこうしてお兄さんと話せることもないと思うから」
「なんで」
「なんで、って。だって、も...
夜の見回りが終わって、今日の当番のやつに変わってから歩く朝の町。普段は心地よく感じる朝日が、澄んだ空気が、夜番が明けた後だけは酷く鬱陶しく感じる。
朝日に眼を眇めながら自宅へ向かって町を歩く中、唐突に背後から声を掛けられた。
「ねえ、お兄さん?これから、私とどうかしら?」
もう朝だぞ。内心でそう毒づいて、向こうにとって色好くない返事を返すために足を止める。……いや、そもそも俺がこの女の相手してやる義...
「うふふ、つれないのねえ。でも、そういうところも素敵よ?」
まるで暖簾に腕押しだ。無理やり振り払ってもいいが、それで怪我でもされたら加害者はこっちになる。ましてや女の言う通り、俺は兵士だ、下手すりゃ号外のネタである。
はあ、とまたため息を一つ。
「俺はお前みたいな軽い女は嫌いなんだ」
これでどっか行ってくれねえかなと、厳しい目つきで女を睨んだ。どうだ、夜番明けってこともあって中々迫力あると思うんだが...
ほぼ反射で頭を下げた。
俺の動きに付いてこれなかった女が、振り払われる形になって地面に転がる。それを視界の端で捉えるのと同時に、下げた頭の上で空を切る音が聞こえた。
低い姿勢のまま、その攻撃を仕掛けてきたやつを見据えるべく振り返る。そこには、予想通り俺の良く知る同期の女が、蹴りの姿勢を保ったまま居た。
「おい、どういうつもりだ?」
さっき女に対して作ったそれよりも、ずっと低い声が出た。自分でそれに...
女も俺と同じように思ったようで、怪訝そうな顔をして「はぁ?」と同期を見た。……しかし、女って怖えな。さっきはあんな猫撫で声だったのに。すっかり蚊帳の外になってしまった俺が二人のやり取りを傍観していれば、同期がにっこりと微笑みを作って口を開いた。うわ、余所行きの面だよあれ。気色わりい。
「貴女、恐らく先の戦に乗じてこの国に入ってきた方でしょう?そんな貴女が自分からこの国の兵士に手を出すわけがないじゃ...
同期は俺の方には目もくれず、相変わらずの余所行きの顔のままで言った。そして、再び地面に転がっていたままだった女へ手を伸ばす。
女は、不服そうな顔を作って同期の手を取った。立ち上がってから、これ見よがしに服の裾をパンパンと叩く。
目線が並んだ女二人は、片方は相手を睨んで、片方は相手へ微笑んでいた。それに、どうしてかうすら寒いものを感じて思わず後退する。なんだあれ、戦場よりおっかない空気があそこだけ...
「おい、誰が優しいだ。体術訓練で何度お前に吹っ飛ばされたことか」
「それはあんたが弱いからでしょ」
いつも通りの仏頂面に戻った同期が、いつも通りの口調で俺に向かって言った。それに、ピキリと青筋が立つのが分かる。
「はぁ?つーかなんだよさっきの口調と顔。キッショ」
「一応あれも一般市民だから。それに、あの手合いに穏便に帰ってもらうにはこれが一番と判断しただけよ」
いつも通りの、お高くとまったような口調と仕...
考えるのが面倒になって、直接そうぶつければ同期が虚を突かれたような顔を作った。
こいつのこんな顔見るのは、なんだか久しぶりだ。普段の大人びた雰囲気が抜けて、同世代であることが分かるようになるこの表情。そもそも、隊が分かれてからは顔を合わせることも減ったんだったか。今更ながら、こいつとこうして話すのはいつぶりだろうと思った。
「……別に、怒ってるわけじゃ」
「いや、怒ってるだろ」
「……」
追求してみれ...
「ちょ、お前!!」
走り去るその背中に声を投げるも、同期は振り返らなかった。
「……なんなんだよ、一体」
思わず独り言ちて、ぼりぼりと頭を掻く。まあ、あいつの言う通り明日の午後から訓練がある。明日のためにも早く帰って、夜番明けの体を休ませるべきだ。……あいつの言う通りなのは、ちょっと癪だけど。
……ていうか、そう。俺、今夜番明けなんだよな。
自覚した途端眠気が襲ってきて、ふぁあと欠伸が出た。
くるりと自宅の方へ向き直って、ぼんやり考えながら帰路に就く。
あいつ、結局何に怒ってたのか分かんなかったな、とか。あいつがああやって声を荒げるのは珍しいことだな、とか。
そんなことを眠気の大分回った頭で考えていると、気付けばもう自室の目の前だった。ガチャリと扉を開けて、抱えていた荷物を机に置いてベッドに転がる。
そう言えば、まだあの布袋の中身確認してなかったな。思って、ベッドから手だけ伸ばして机...
はぁ、はぁと息が切れる。それに、ああまだまだ訓練不足だな、走り込みを増やした方がいいかもしれないなと考えた。
少しずつ走るスピードを緩めていって、最後には壁に寄りかかる形になって足を止める。ふう、と息を吐いて、ずるずる地面へしゃがみこんだ。
あいつが今日、夜番明けだとたまたま聞いて。久しぶりに会えるかな、とか、夜番明けなら好物でも差し入れてやろうかな、とか。
浮ついた気持ちであいつを探したら、な...