たった20年、私の人生の話㊵
4,高校卒業から今に至るまで
高校を卒業した後、私は隣県にある会社の近くの寮に引っ越し、そうして正式に就職しました。
ここでも、今までの私の人生で治しておくべきだったものを放置した結果が出ました。
結論から言ってしまいますと、半年ほどで休職し、その後退職しました。
その過程を、今から書いていこうと思います。

4,高校卒業から今に至るまで
高校を卒業した後、私は隣県にある会社の近くの寮に引っ越し、そうして正式に就職しました。
ここでも、今までの私の人生で治しておくべきだったものを放置した結果が出ました。
結論から言ってしまいますと、半年ほどで休職し、その後退職しました。
その過程を、今から書いていこうと思います。

3,高校時代
一年生
入学初日、入学した情報科の教室はシーンと静まり返っていました。初日はほぼ全員が自分の机で一人でお弁当を食べていましたし、空気はお通夜でした。Sと、もう一人同じ中学校からその工業の情報科に入学した女の子と3人で「やばいね」と言い合っていたのを覚えています。
ちなみに、その後とある授業で行った自己紹介である男子生徒がトップバッターとして自己紹介を始め、名乗った後に「好きな食べ物は塩ラ...
と、いうことで、『たった20年、私の人生の話』でした。長文かつ乱文で、読みにくかったかと思います。
それでもここまで読んでくださった方々に、まずは感謝を。ありがとうございました。
そして、次に謝罪を。最終的な結論がこんな有様で、きっと、これを読んだあなたは気分が良くなりはしなかったでしょう。むしろ悪くなったかもしれません。申し訳ありませんでした。
もし良ければ、これからの私の人生についてアドバイスなどく...
5,そして、現在
休職し、実家に帰った私は、しばらくの間たくさん眠って猫を眺めてスマホやPCをいじる、そんな生活をしていました。
また、色々あって隣県の睡眠外来のある病院に行き、色々と検査を受けたりもしました。その結果、特発性過眠症だと診断されました。
そして、私の思った通り、一度休職してしまえばとことん水の合わないあの場所に戻る気は全く起きませんでした。
そうして私は、休職後退職しました。
それからも色々...
面談の中で、私担当の人事部の方に以下のようなことを言われたことがありました。
琴事さんは、男性に頼らず自立していきたいんだもんね。
私のことを分かったように話されることがすごく嫌で、私はそんな大層なものじゃない、ただトラウマ(元カレ)を克服できていないだけだと強く思いました。
私の勤務態度の悪さは、つまり業務中寝てしまうことに関しては精神科に通っても変わりませんでした。面談の中で、何度も休職を勧められま...
また、その頃からでしょうか。きっかけは覚えていませんが、会社の人事部の方々と面談をするようになりました。月に一回、病院に行った次の月曜日に行われるそれは、ただただしんどくて、それがあると思うと病院に行くことも憂鬱になるほどでした。
また、先述の通り、私はお昼を会社の食堂で食べずに寮に帰って食べるかお昼を抜くかしていたのですが、それについても人事部から指摘されました。なんでも、人の目のあるところで食べ...
その頃、私はよく自分のことを「欠陥品」「粗悪品」と罵っていました。「死にたい」と口にする頻度が上がりました。
8月頭のことでした。壮行会だか何かの大規模な飲み会の後だったと思います。
本格的に死のうと思いました。本屋でエンディングノートを買って、友人たちや母へメッセージを書いたり、スマホやPC、私の持つ本たちの処理の仕方なんかをごくごく真面目に書いたりもしました。
身辺整理もしました。要らないものや見ら...